Rubyってどうよ
大分前に構築したSunのサーバがダウンしました。現象面では突然の電源断。同じラックに収納している他のサーバは問題ないので、該当サーバだけの問題のようです。どうにも起動できないので、保守契約でCEさんに来ていただきました。
ちょっと調べてもらったら、どうも4GBのメモリを積んでいることが原因のようです。当時のシステムボードでは4GBのメモリ搭載というのはあまりないケースらしく、システムボードとの相性?では不安定になることがあるとのこと。
とりあえずシステムボードを交換してもらったのですが、障害時にHDDが故障したらしく、OSが起動できない状態(泣。HDDも交換してもらったのですが、DiskSuiteでミラーリングしてあるはずのミラーデバイスから起動できない模様(泣泣。ネットでいろいろ検索しても同じような症状は発見できず。ミラーリングの意味ないじゃん!!やっぱりRAIDはハードウエアに限ります。Sunのマシンは壊れにくいけど、それゆえに障害対応の教育とトレーニングが難しいかも。今日ITILの社内講習会でも定期的な教育(防災訓練)の話があったけど、まさにそのとおり。
話は変わってプログラミング言語の話。最近は.NETの開発案件が増えているのですが、Java案件は保守フェーズ、PHP案件は今まさに開発真っ盛り、.NET案件が徐々に増えている、という印象を受けます。Javaの前はASP.NETとかもあったmので、ASP.NET→Java→PHP→.NETと廻ってきたような、もちろん言語によって適材適所はあると思いますが、しばらくは.NET案件が増えそうな予感。Windows環境の開発なんて何年ぶりだろ・・・。ふと思うのは、PHPの次が.NETってどうよ?ということ。やっぱり気になるRuby。日経ソフトウエアの特集がRubyだったってのもありますが、Ruby良さげな感じ。いかがなもんでしょう。
ちょっと調べてもらったら、どうも4GBのメモリを積んでいることが原因のようです。当時のシステムボードでは4GBのメモリ搭載というのはあまりないケースらしく、システムボードとの相性?では不安定になることがあるとのこと。
とりあえずシステムボードを交換してもらったのですが、障害時にHDDが故障したらしく、OSが起動できない状態(泣。HDDも交換してもらったのですが、DiskSuiteでミラーリングしてあるはずのミラーデバイスから起動できない模様(泣泣。ネットでいろいろ検索しても同じような症状は発見できず。ミラーリングの意味ないじゃん!!やっぱりRAIDはハードウエアに限ります。Sunのマシンは壊れにくいけど、それゆえに障害対応の教育とトレーニングが難しいかも。今日ITILの社内講習会でも定期的な教育(防災訓練)の話があったけど、まさにそのとおり。
話は変わってプログラミング言語の話。最近は.NETの開発案件が増えているのですが、Java案件は保守フェーズ、PHP案件は今まさに開発真っ盛り、.NET案件が徐々に増えている、という印象を受けます。Javaの前はASP.NETとかもあったmので、ASP.NET→Java→PHP→.NETと廻ってきたような、もちろん言語によって適材適所はあると思いますが、しばらくは.NET案件が増えそうな予感。Windows環境の開発なんて何年ぶりだろ・・・。ふと思うのは、PHPの次が.NETってどうよ?ということ。やっぱり気になるRuby。日経ソフトウエアの特集がRubyだったってのもありますが、Ruby良さげな感じ。いかがなもんでしょう。
人ごとでない年金問題
自分が支給を受ける年代になったときには、社会構造的な問題で支給を受けられないかもしれないという不安はありますが、年金問題なんてまだ自分には関係ないと思っていませんか。私はそうでした。
先日来のニュースで、納付記録のあいまいな?5、000万件の「浮いた」データが存在することが明らかになっていますが、その中には「92年〜96年に就職した世代の分」が多く含まれているそうです。どういうコトかというと、91年の制度改革により、国民年金の納付開始年齢が20歳になった、これにより未就労者(つまり学生)でも20歳になったら納付しないといけなくなったのです。これはオボロゲながらも覚えています。当時学生だった私の代わりに両親が払ってくれていたことも。この世代が就職して国民年金から厚生年金に切り替わった際に、国民年金時代の納付記録が厚生年金の基礎年金番号に紐づけられていないケースがあるということなのです。
私が会社に入社したのは96年4月ですから、これはギリギリで該当してしまうケースなのかもしれません。なにしろこのニュースを知ったのは、同期が心配になって納付記録を調べてみたところ、見事にこのケースに合致してしまったからなのです。
納付記録の参照だけであれば、社会保険庁のホームページからも参照できますが、なにせ手続きが面倒くださいです。個人証明書を取得しなければならず、その手続きだけで2〜3週間かかってしまうようです。説明もお役所くさくて、わかりにくくていけません。幸い、会社の近くに社会保険事務所がありますので、人事部に連絡して年金手帳を受け取り、調べてきました。
さぞかし長蛇の列、怒号が飛び交っているのかと思いきや、相談室は空いており、私が行ったときは5人待ちくらい、10分待ちくらいで対応してもらうことができました。基礎年金番号を端末に打ち込み、検索してもらうと、納付記録がすぐにプリントアウトされて出てきます。結果の方は・・・無事、厚生年金の記録に国民年金の記録が紐づいておりました。係員の方も「あ、大丈夫です、紐ついてます」との回答でしたので、この手の問い合わせはたくさん受けているのでしょうね。
社会保険庁のずさんな管理や、年金保険料の横領等の問題は言語道断ですが、先日の週末に発生した、年金データベースが検索できない問題、あれはシステム屋さんから言わせてもらうと、そもそも週末に稼働させることを想定していないシステムだったんじゃないかと思われます。今でこそインターネットのシステムは24時間365日の稼働を前提に構築されていますが、締め処理だのバッチ処理だのバックアップだのが業務の合間を塗ってスケジューリングされています。土日にサービスを提供させるようにするだけでも一苦労があったと推測されます。なにしろそれまで動かしたことが無かったでしょうから、いきなり「今週末はオンライン稼働させろ」と言われても十分な検証時間をとれるものではなかったのではないでしょうか。
あの事故が起きた後、社保庁のトップだか誰かが「システムは動いて当たり前」的な発言をしておりましたが、動かす側のエンジニアサイドからは「無理、保証できない」旨のエクスキューズが事前にあったと思います(思いたい)。それを無理矢理動かして(サービスを提供して)、動かなかったらエンジニアのせいにしていたのではよろしくないですね。これだけITが社会基盤を支えるようになってきている、そこでエンジニアの意見をプロの意見として尊重していただけないのであれば、エンジニアはただの労働者、下請けです。プロとしての意見でもってシステムを動かさせない、という判断もあってよかったのではないかと思うのです。エンジニアが下請け、労働者から脱却していくためには、やはりそれぞれのエンジニアがそれぞれの現場でこうした小さな抵抗を示していく、それの積み上げによって社会を変えていくことが大切だと思います。
先日来のニュースで、納付記録のあいまいな?5、000万件の「浮いた」データが存在することが明らかになっていますが、その中には「92年〜96年に就職した世代の分」が多く含まれているそうです。どういうコトかというと、91年の制度改革により、国民年金の納付開始年齢が20歳になった、これにより未就労者(つまり学生)でも20歳になったら納付しないといけなくなったのです。これはオボロゲながらも覚えています。当時学生だった私の代わりに両親が払ってくれていたことも。この世代が就職して国民年金から厚生年金に切り替わった際に、国民年金時代の納付記録が厚生年金の基礎年金番号に紐づけられていないケースがあるということなのです。
私が会社に入社したのは96年4月ですから、これはギリギリで該当してしまうケースなのかもしれません。なにしろこのニュースを知ったのは、同期が心配になって納付記録を調べてみたところ、見事にこのケースに合致してしまったからなのです。
納付記録の参照だけであれば、社会保険庁のホームページからも参照できますが、なにせ手続きが面倒くださいです。個人証明書を取得しなければならず、その手続きだけで2〜3週間かかってしまうようです。説明もお役所くさくて、わかりにくくていけません。幸い、会社の近くに社会保険事務所がありますので、人事部に連絡して年金手帳を受け取り、調べてきました。
さぞかし長蛇の列、怒号が飛び交っているのかと思いきや、相談室は空いており、私が行ったときは5人待ちくらい、10分待ちくらいで対応してもらうことができました。基礎年金番号を端末に打ち込み、検索してもらうと、納付記録がすぐにプリントアウトされて出てきます。結果の方は・・・無事、厚生年金の記録に国民年金の記録が紐づいておりました。係員の方も「あ、大丈夫です、紐ついてます」との回答でしたので、この手の問い合わせはたくさん受けているのでしょうね。
社会保険庁のずさんな管理や、年金保険料の横領等の問題は言語道断ですが、先日の週末に発生した、年金データベースが検索できない問題、あれはシステム屋さんから言わせてもらうと、そもそも週末に稼働させることを想定していないシステムだったんじゃないかと思われます。今でこそインターネットのシステムは24時間365日の稼働を前提に構築されていますが、締め処理だのバッチ処理だのバックアップだのが業務の合間を塗ってスケジューリングされています。土日にサービスを提供させるようにするだけでも一苦労があったと推測されます。なにしろそれまで動かしたことが無かったでしょうから、いきなり「今週末はオンライン稼働させろ」と言われても十分な検証時間をとれるものではなかったのではないでしょうか。
あの事故が起きた後、社保庁のトップだか誰かが「システムは動いて当たり前」的な発言をしておりましたが、動かす側のエンジニアサイドからは「無理、保証できない」旨のエクスキューズが事前にあったと思います(思いたい)。それを無理矢理動かして(サービスを提供して)、動かなかったらエンジニアのせいにしていたのではよろしくないですね。これだけITが社会基盤を支えるようになってきている、そこでエンジニアの意見をプロの意見として尊重していただけないのであれば、エンジニアはただの労働者、下請けです。プロとしての意見でもってシステムを動かさせない、という判断もあってよかったのではないかと思うのです。エンジニアが下請け、労働者から脱却していくためには、やはりそれぞれのエンジニアがそれぞれの現場でこうした小さな抵抗を示していく、それの積み上げによって社会を変えていくことが大切だと思います。
「ゲドを読む」を読む
ジブリがアニメ化した「ゲド戦記」のDVDが7月に販売になるそうです。その告知キャンペーンとして書店でひっそりと(多分)展開されているのが「ゲドを読む」というフリーペーパーの配布。フリーペーパーといいつつ、厚さはちょっとした単行本くらいあり、思わず店員さんに「これ、無料でいただけるんですよね?」と確認してしまいました。
ジブリの「ゲド戦記」と言えば、原作者のル=グヴィンに「宮崎駿が映画化するというから許可したのだ」とネットで言われたり、原作に思い入れのあった方々からの散々な批判、宮崎駿と吾郎氏の確執など、ネガティブな印象が先行して、結局映画はまだ観ていません。
ジブリの映画なら、もっと子供向けというか、子供から大人まで楽しめます的なキャンペーンをDVDの発売でもしそうなものですが、このフリーペーパーは活字だらけです。中身は、これまでに何らかの媒体で掲載された「ゲド戦記」の解説やアニメ化に際して各界の著名人が「ゲド戦記」に対する思い入れを綴ったテキストを集約したものになっています。
もともと「ゲド戦記」は同じファンタジーでも「ハリポタ」や「指輪物語」とは作品世界の趣がことなり、どちらかというと主題には自己との葛藤、男性性と女性性に関わる話や、老成に関するテーマが盛り込まれており、いわゆる知識人の方々からの支持を得ていたわけですが、このキャンペーンはDVD発売に際して、興行的には失敗しつつも、こうした知識階級に対しての働きかけを狙っているように思えます。ジブリの「ゲド戦記」はエンターテインメントではなく、「ゲド戦記」の持つ世界観とメッセージを宮崎吾郎流に解釈しているのですよと。こうすることで映画での興行的な失敗とおそらくDVDでも興行的に失敗してしまうことに対して防御線を張っているのではないでしょうか。
「ゲドを読む」には「ゲド戦記」シリーズを通じての翻訳者の方のテキストも収録されていますが、印象的だったのは、ジブリが「ゲド戦記」を作品化するにあたって、翻訳者の方に協力を依頼(原作からあまりにかけ離れて作品世界を壊してしまわないように)したが、翻訳者の方はそれを断ったということ。ジブリ側からすると原作の翻訳者を製作側に巻き込むことで原作ファンの方へのエクスキューズとする意向もあったのかもしれません。翻訳者の方が依頼を断ったのは、原文を翻訳した段階で、原作者のメッセージに対してフィルタリングをかけているから、映画化に際してさらに翻訳者の考え(多かれ少なかれ反映されてしまいますよね)をさらにフィルタリングしてしまうのは面白くないから、ということ。一方で吾郎氏には、自分のセンスで物語を再構築してみていいんですよ、という許可を与えている。好きなようにやりなさい、と。それをDVDの発売に際してこうしたエクスキューズを事前に流布してるのは創作者としていかがなものかと思います。
信じるか信じないかはあなた次第です。
ジブリの「ゲド戦記」と言えば、原作者のル=グヴィンに「宮崎駿が映画化するというから許可したのだ」とネットで言われたり、原作に思い入れのあった方々からの散々な批判、宮崎駿と吾郎氏の確執など、ネガティブな印象が先行して、結局映画はまだ観ていません。
ジブリの映画なら、もっと子供向けというか、子供から大人まで楽しめます的なキャンペーンをDVDの発売でもしそうなものですが、このフリーペーパーは活字だらけです。中身は、これまでに何らかの媒体で掲載された「ゲド戦記」の解説やアニメ化に際して各界の著名人が「ゲド戦記」に対する思い入れを綴ったテキストを集約したものになっています。
もともと「ゲド戦記」は同じファンタジーでも「ハリポタ」や「指輪物語」とは作品世界の趣がことなり、どちらかというと主題には自己との葛藤、男性性と女性性に関わる話や、老成に関するテーマが盛り込まれており、いわゆる知識人の方々からの支持を得ていたわけですが、このキャンペーンはDVD発売に際して、興行的には失敗しつつも、こうした知識階級に対しての働きかけを狙っているように思えます。ジブリの「ゲド戦記」はエンターテインメントではなく、「ゲド戦記」の持つ世界観とメッセージを宮崎吾郎流に解釈しているのですよと。こうすることで映画での興行的な失敗とおそらくDVDでも興行的に失敗してしまうことに対して防御線を張っているのではないでしょうか。
「ゲドを読む」には「ゲド戦記」シリーズを通じての翻訳者の方のテキストも収録されていますが、印象的だったのは、ジブリが「ゲド戦記」を作品化するにあたって、翻訳者の方に協力を依頼(原作からあまりにかけ離れて作品世界を壊してしまわないように)したが、翻訳者の方はそれを断ったということ。ジブリ側からすると原作の翻訳者を製作側に巻き込むことで原作ファンの方へのエクスキューズとする意向もあったのかもしれません。翻訳者の方が依頼を断ったのは、原文を翻訳した段階で、原作者のメッセージに対してフィルタリングをかけているから、映画化に際してさらに翻訳者の考え(多かれ少なかれ反映されてしまいますよね)をさらにフィルタリングしてしまうのは面白くないから、ということ。一方で吾郎氏には、自分のセンスで物語を再構築してみていいんですよ、という許可を与えている。好きなようにやりなさい、と。それをDVDの発売に際してこうしたエクスキューズを事前に流布してるのは創作者としていかがなものかと思います。
信じるか信じないかはあなた次第です。

